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ミーハーなもので、最近村上春樹を読んでいる。といっても私はひねくれているので、今話題の作品ではなく、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』だ。これをポリスのDVDを流しながら、ウイスキーを飲みながら読んでいる。幸せだなあ。村上作品にはカタカナの固有名詞が多く登場する。『ノルウェイの森』では「マルボロ」が印象的だった。ビートルズ好きな私が『ノルウェイの森』を読んだのは高校2年生の時。通学時に電車を待ちながら読んでいたのだが、エロいシーンを読みながら周囲を気にしていたあの頃が懐かしい。わかるわけないのに。今、マルボロを吸いながら書いている。といってもブラックメンソールの1ミリだが。村上の世界ではきっと赤マルなのだろうけれど。普段は吸わない人間なので勘弁してほしい。明日有休なものではしゃいでいるのだ。そういえば初めてタバコを吸ったのも高校2年生の頃だった。当時は、「マルボロ」がタバコであるということも知らなかった。学級委員とかやるまじめな女の子が、1本だけ吸ったことがある、というのを聞いて、競争心から吸ってみたのだった。その子は今看護師をやっているが。こういう女性は魅力的だ。学生のころ塾講師のバイトをやっていたが、教え子の中学生の女の子が、お酒飲んだことあるんですよ、などとためらいがちに語ってくれるのは魅力的だった。私は変態か。いやいや、今は文学的な魅力の話をしている。
村上、村上と言っているが、そんなに詳しいわけではない。『ノルウェイの森』と『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』しか読んだことがない。そんな村上初心者の私が村上をどう読むかといったら、下ネタをオシャレなオブラートに包む、というのがテーマなのではないか、と思う。浅はかですか、そうですか。確かに哲学的で難解な点もあるが、そういう面で下ネタを正当化しようとしている、ように読める。村上も芸人だ。
村上の作品をリアルタイムで読むことには意義がある。近い将来、ビートルズをリアルタイムで聴いていた、というのと同じくらいの価値が出てくるに違いない。というわけであの作品も読んでおこうかな、と決意するわたくしであった。
スチュワートのドラムは段ボールをひっぱたくようで個性的。大好き。
女の子ではないが、東川端参丁目という人物がいて、ググればその人のブログを筆頭にずらずらと多くのページに引っかかる。実はこの人は学生時代のゼミの同期で、悔しいので大きな声では言わないが、この人がブログで薦める本に私の読書は左右される。ちょっと前まで大衆雑誌でも書評をやっていて、すごいと言わざるを得ない。またああいうのをやってくれないかなあ、と思っている。知っている人が勧める本は楽に読めるから。
やれやれ、学生時代を思い出して感傷的になってしまった。タバコをくわえながらギネスを飲み、なあ、吉本隆明ってどこが偉いんだろう、ってね。
結局のところ私が詩を好きなのは、詩は責任を負わなくてよい、という点があることを認めざるを得ない。30年近く生きてきて、最近そう考えるようになった。責任を負うようなことは散文で表現すれば良いわけで、わざわざ詩という形態をとる必要がない。私の詩に対するスタンスは、美しい言葉の羅列をここに置いておくので、ご自由に味わってください、というもの。これは谷川俊太郎が言っていたことだ。一方で、思想を通過したインテリ詩人の中には、詩にこそ責任を負うべきである、という考えの人もいるだろう。そういう人達はきっとパウル・ツェランが好きに違いない。その世界はその世界で興味深いが、「言葉の羅列」に社会的責任を負わせたくない。もし世間が、詩とは社会的責任を伴うものである、と見なすのなら、私の興味は「詩」ではなく、「言葉の羅列」にある、と言っても良い。このようなスタンスだからこそ、私は吉増剛造が好きなのであり、谷川俊太郎が好きなのだ。吉増剛造の、特に最近のごちゃごちゃした詩などはとても社会的責任を負っているとは思えない。そのような、社会的責任を捨てて「言葉の羅列」の可能性を追求しているところに憧れる。
「言葉の羅列」の美しさというものは確かに存在する。例えば谷川俊太郎の『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』。これは詩のタイトルだが、なんと魅力的な「言葉の羅列」だろう。なんだかわからないけれど魅力的。回りくどい表現も含めて。しかもおそらく谷川俊太郎は、本当に「夜中に台所で話しかけたかった」わけではないと思う。美しい「言葉の羅列」になるように試行錯誤したのだろう。果たして「台所」でいいのだろうか、「玄関」の方が良くないか、はたまた「コンビニ」ではどうか、とか。当時コンビニなんてないか。
私が学生時代、詩に興味を持ったころ、父親の小さな本棚から『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』が出てきたときは、やっばり父親の血を引いているのだなあ、と思った。居心地の悪い家に帰らずパチンコばっかり行っていた父親の。工学部出身の父親の。